もういいね、ね、4000円にしとこう。

北尾トロ「テッカ場」(2010)は、
競走馬セリ市、鳩オークションなど、欲得のぶつかりあう現場のレポート。
そのなかの一本
ラジオライフ」という“日本一のマニア総合雑誌”(知らなんだ!)、
が開催するイベントの話がたのしい。
イベントの目玉


  10円オークション


で、まずはゲストの桃井はるこが持参したサインつきカセットデッキ
オークションにかけられるのだが、司会者の“回し”が素晴らしい。
さすがにこれは10円からは始められないなあ、と


  「はい、5000円、R-2カセットデッキ5000円いますか!」


からスタート。7000円、8000円、1万円と一気につりあがったところで--


  司会の編集者が両手をあげて制す。
  「こらこら、何を考えてんの? 今日は10円オークションなんだからね。
   細かく細かくあげること。いいね、わかったね。はい、
   8000円からもう一度」
  「8010円!」
  「そうだ、8010円の上、ないか」
  「8020円」
  「そうだ、いいぞその調子!」
  「1万円!」
  「だ・か・ら、そういうことじゃないんだよ。ここはせめて
   8100円とか。ね。そういうこと。で、いくら?」
  「じゃあ…8110円」
  「あはは、それだ!」
  うまい。本当は一気に値を上げたいところをガマンして、
  身をよじらせながら10円刻みで発声するものだから、やり取りのたびに
  爆笑の渦である。


1万円の声もあがったこの商品は8800円で落札される。
目的は読者サービスであり、イベントの出し物であることを心得た司会者が、
金を持っている客が勝ってばかりにせず、時に
出品されたブツへの情熱がまさっている者に与してセリを切り上げるのだ。
観客も、10円刻みで上がって行くシステムのもと、
財布の事情で降りるのではなく、


  欲しいという気持ちの強さにおいて、自分は皆に負けていると
  自覚した者からレースを降りる感じなのだ。


で、なかなか勝てなかった“ロボット氏”が
「どうしても欲しい」オーラで最後の3人に生き残ると--


  オークションに参加しない人たちが、なんとなくロボット氏を
  応援するような素振りを見せ始めたのだ。それはロボット氏の
  声に対するリアクションであり、ライバルが降りないことへの
  どよめきという微妙なものだが、司会者はそれを見逃さない。
  「4000円!」
  ロボット氏が一段と大きな声を出すと、「よし!」と叫んだ。
  「もういいね、ね、4000円にしとこう。はい、おめでとうございます」



ああ、打っててまた涙ぐんじゃったずら。だはは。
このあとに紹介されている
少年が落札するシーンの描写もいいんだよなあ。
北尾トロ北尾トロ! (敬意の名前連呼)


いやしかし、つくづく名司会よの。この編集者。